ブログ「公務員ってどうなの?」のこむぞうです。
オーストリア出身の精神科医アルフレッド・アドラーが「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言したように(「嫌われる勇気」)、人が悩む多くのことは人間関係ですし、多くの職場では人間関係を避けることはできません。
困った人間関係のうち、陰口なんてよくあることではないでしょうか?
今回は、知られることが想定されない陰口の違法性のほか、始末書の提出命令の違法性について問題となった裁判例(大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号))を御紹介します。
知られないように気を付けても、陰口を言っていいことないね。
そういうこと。
そのほか、裁判事例については、厚生労働省の「あかるい職場応援団」を御覧ください。
当事者
当事者は、こちら
- P1社の従業員X
- Xが勤務する会社P1
- P1社の総務部で受付業務を行うXの同僚P3
- P1社の営業部に所属するXの同僚P4
- P1社の営業部部長P5
事案の概要
経緯を整理すると、次のようになります。
- 平成25年6月頃Xがうつ病発症
- 平成27年4月25日Xのうつ病の症状安定。寛解
Xの診療録からうつ病の症状が安定し、寛解したとの記載がある。
まねこ「寛解」は、病気が完全に治った「治癒」という状態ではないけど、病気による症状や検査異常が消失した状態をいうよ。
- 平成27年9 月1日本件書き込み
P1社の就労時間中に、インターネットを通じて業務上の情報共有を行うサービスである「チャットワーク」のチャット機能を用い,Xを「コシツ星人」又は「コシツさん」と言及する次のような書き込みを行った(以下「本件書き込み」という。)。
- P3「今日な、コシツ星人が朝からやばく・・・昼もうっさかったやろ?まじ迷惑。昨日夫婦で無断で休んどいて何様って思うwどうでもいい話聞きたないからもめるなら個室に行け!コシツ星人だけに!!ぐっちちゃった」
- P4「コシツさんはほんま個室に閉じこもっててwガチで精神医療センター入ってほしいわー!笑」
- P4「内線うっさすぎるし!!!!!バリうざー。」
- P4「お花たくさん用意してあげるから,大人しくお花と会話しといてw」
- 平成27年9月8日Xが本件書き込みを閲覧
P3が休暇をとり,他の従業員が受付業務を代わりに担当していたところ、Xは、その従業員が来客の対応をする間だけ、受付業務を代わりに担当することとなった。
Xは、業務上の必要から受付業務用の机に置かれていたパソコンの画面を閲覧し、その際、業務上の必要性はなかったものの、P3のチャットワーク画面を開き、本件書き込みを目にした。
Xは、本件書き込みの内容が自らに対する誹謗中傷と判断し、本件書き込みをプリントアウトした。
- 平成27年9月14日始末書の提出命令
部門長会議が開かれた。この会議には、P1社の社長、次長,営業部部長P5らが出席し、本件書き込みの件が議題の1つとして取り上げられた。営業部部長P5は、インターネットの法律相談ページで、P1社内のパソコンであっても、権限のない者が他人のメールを勝手に見ることはプライバシーの侵害になるとの内容を見たため、当該ページを印刷し会議においてこれを提示した。会議の結果、X、P3及びP4に対し、それぞれ始末書の提出を求めることとなった。P3及びP4は、この求めに応じて始末書を作成し提出した。
営業部部長P5と次長は、Xと面会した。営業部部長P5は、Xに対して、「色んな所の弁護士に聞いたところによる見解」として、Xによる本件書き込みの閲覧がプライバシー権侵害及び個人情報保護法違反であるとの見解を示した上で,始末書の提出を求め、本件書き込み内容の印刷物を手渡すよう求めたが、Xはこれに応じなかった。そのため、営業部部長P5は、社長に対し、Xが「聞く耳を持たなかった」という報告を行った。
- 日時不詳Xに関する弁護士との相談
社長は、Xに対し始末書提出を求めることの当否を弁護士に相談した結果、Xに始末書提出を求めないこととした。
- 平成27年9月19日1か月間の休業加療
Xは、平成27年9月24日から1か月間の休業加療が必要との診断を受けた。
- 平成27年9月24日始末書の提出命令の撤回及び顛末書の提出指示
社長は、Xと面談して、始末書の提出命令を撤回し、代わりに顛末書の提出を求める旨を伝えた。
- 日時不詳P3及びP4の謝罪意向
社長は、P3及びP4に対し、Xに謝罪するように促したところ、P3及びP4から謝罪をする旨の意向が示された。
- 平成27年10月1日謝罪の受入れ拒否等
Xと面談し、謝罪を受け入れる意向があるかどうかを尋ねたが、Xは謝罪を受け入れることはできないと答えた。この頃、社長は、Xに対し、顛末書の提出も任意でよいと伝えた。
- 日時不詳コンサルタントの協力
社長は、P1社のコンサルタントP9に相談をしたところ、コンサルタントP9からP3及びP4が謝罪する機会を設けるために協力する旨の申出を受けた。
- 平成27年10月9日P3及びP4の謝罪の場(謝罪は、中止)
代表取締役社長P7は、Xに対し、「P9さんと話をしてほしい」などと内線電話で告げ、コンサルタントP9、P3及びP4が待つ応接室へXを呼んだものの、XはP3及びP4の顔を見るなり、即座に応接室から退出した。
- 平成27年10月16日Xのほぼ出勤停止開始
Xは、この日から事実上出勤しなくなった。
- 平成27年11月4日12月末日までの休業加療
同じくうつ病のため、平成27年11月19日から同年12月末日までの休業加療が必要との診断を受けた
- 平成27年12月19日3か月の休業加療
同じくうつ病のため、平成28年1月1日から3か月の休業加療が必要との診断を受けた
- 平成28年3月8日休職命令
平成28年3月16日から同年9月15日までを休職期間とする休職命令。
その後、休職期間は、平成29年3月15日まで延長
なお、本件書き込みがされたチャットワークは、裁判所で次のように認定事実とされています。
チャットワークは,社内のコミュニケーションを円滑化するため,被告会社において試験的に導入され,本件書き込み当時,営業部や生産部など比較的限定された範囲の者のみが使用をしていた(被告P4)。
大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号)
被告会社において,パソコンにログインするためには,個人専用のパスワードを入力する必要があった。他方,チャットワークの画面は,パソコンへログインをした後,インターネットブラウザを開き,チャットワーク機能を提供する「サイボウズ」の画面を開いた後,チャットワークを開くタブをクリックすることによって,閲覧することができ,チャットワークを開く際には,IDやパスワードを入力する必要がなかった。そのため,本件書き込みの内容を閲覧することができる者の範囲について,特に制限はなかった。
大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号)
被告P3は,自らのチャットワーク画面を開いた際には,最初に「マイページ」の画面が開くように設定をしており,被告P4とのチャット内容を閲覧するためには,画面左側の被告P4の氏名が書かれた箇所をクリックする操作が必要な設定となっていた(被告P3)。
大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号)
陰口を勝手に見ちゃったんだね。どっちが悪いんだろう?
判決
裁判所は、不法行為であると認め、被告であるP1社、P3及びP4に対し連帯して60,000円の支払を命じ、P1社、P3及びP4に対するその余の請求並びに営業部部長P5に対する請求を棄却する判決を下しました。
P3及びP4の過失による違法行為(不法行為)
裁判所は、判決理由として、次のように述べ、P3及びP4による本件書き込みを過失による違法行為としました。
本件書き込みは,原告に対して直接送信されたものでなかった上,前記認定事実(1)及び(3)によれば,被告P3及び同P4以外の人物が両者間のチャットページを閲覧することは基本的に想定されていなかったといえる。しかしながら,前記認定事実(2)のとおり,社内において,チャットワークの画面を閲覧することができる者の範囲に限定が加えられていなかったことからすると,被告P3及び同P4と同じ職場で働く原告が,原告自身に手によるにせよ,他の同僚から見聞したことを契機とするにせよ,本件書き込みの内容を閲覧する一定の可能性があったというべきである。かかる事情の下では,チャットワーク上への書き込みによって,個人の人格を傷つけることがないよう注意すべき義務があるというべきであり,それにもかかわらず,本件書き込みのように個人の人格を傷つける内容の表現を行うことは,過失による違法行為であるとの評価を免れない。
大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号)
見られなかったら誰も傷つかなかったのに。厳しいね。
この過失による違法行為が認められたため、民法第709条に基づく損害賠償義務を負うというべきとされました。
陰口は、プライバシー権侵害者も想定すべき
この裁判例では、基本的に想定されていなかったXによる本件書き込みの閲覧にも、「個人の人格を傷つけることがないよう注意すべき義務があるというべき」という扱いになっていますが、それでいいのでしょうか。
「裁判例・指針から読み解く ハラスメント該当性の判断」の著者(弁護士)は、「プライバシー権の侵害となり得る第三者による閲覧を想定すべきという点には、疑問の余地があると考えます」と主張されていますが、一理あると思います。
しかし、裁判所が「個人の人格を傷つけることがないよう注意すべき義務があるというべき」という扱いをしているため、結局のところ、陰口を言わないのがいいということですね。
このほか、この事件については、「裁判例・指針から読み解く ハラスメント該当性の判断」で弁護士の著者からコメントがありますので、是非御覧ください。
P1社の使用者責任
P1社も、就業時間中に行われたP3及びP4による本件書き込みという不法行為について、事業の執行についてなされたとされ、民法第715条第1項の規定による使用者責任を負い、P3及びP4とともに連帯して損害賠償責任を負いました。
被告P3及び同P4の本件書き込みは不法行為に該当し,「共同の不法行為」(民法719条1項前段)にあたる。また,本件書き込みは,被告会社の就業時間中になされたものであって,「事業の執行について」なされたものといえるから,被告会社も民法715条1項により損害賠償責任を負い,被告会社,同P3及び同P4は,原告に対し,連帯して損害賠償責任を負う。
大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号)
始末書及び顛末書の提出命令に違法性はない。
裁判所は、次のように始末書及び顛末書の提出要求行為の違法性を否定しました。
原告が業務上の必要性もないのに,チャットワークの画面を開き,他人のメッセージの送受信を閲覧することについては,プライバシー権侵害の懸念を生じさせることは否定できない。かかる観点から,職場規律維持の問題として,被告会社が始末書の提出を求めること自体が明らかな誤りとはいえないし,原告に事態の顛末を報告させる趣旨で顛末書の提出も求めることもまた,明らかな誤りとはいえない。そうすると,被告会社の原告に対する始末書及び顛末書の提出要求行為が違法であるとはいえない。
大阪地裁平成30年12月20日判決(平成29年(ワ)第1639号)
プライバシー権侵害が起こりそうなことをしたことに対して始末書を求めただけだから、違法じゃないってことね。
むやみに始末書の提出を命じたものは、パワー・ハラスメントとされるおそれはあります。
P1社の職場環境調整義務及び情報管理義務に違反行為はない。
裁判所は、P1社について、「一般論として、使用者は、指揮命令権の行使に当たり、信義則(労働契約法(平成19年法律第128号)第3条第4項)上、労働者の利益を配慮する義務を負うというべきであるものの、本件書き込みの内容は、客観的には心理的負荷を強く与えるものとは考えられない」ことを踏まえ、P1社がX、P3及びP4とが職場で顔を合わせることがないような配置を行うべき法律上の義務があるとまではいえないため、P1社における労働者の配置について、契約上の義務違反があったとはいえないとしました。
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
労働契約法第3条第4項
また、裁判所は、P3及びP4がXに直接謝罪する場をP1社が設けた点については、XとP3又はP4とが顔を合わせることがないような措置を講じるべき法律上の義務があるとまではいえない上、P1社がXに当該場所への滞留や謝罪の受領を強制したわけでもないから、この点においても契約上の義務違反があるとはいえないとしました。
最後に「陰口は、やめよう」
陰口を言っていいことはありません。
今回は、本来なら知られないところで言った陰口が思いがけない本人の行動により本人に伝わった事例なので、うまくすれば本人にばれずに済むと思えるかもしれませんが、そもそも悪口は、「学びを結果に変えるアウトプット大全」によると次のデメリットがあります。
- ストレスホルモンが増える(認知症になる危険性が3倍)。
- 人間関係が悪化する(言葉に出さなくても非言語的なメッセージとして伝わる。)。
- 悪いところ探しの名人になる(自分の人生にブレーキをかけてしまう。)
悪口は、言ってもいいことはありません。ストレス発散気分かもしれませんが、上記のとおりストレスホルモンは、増えます。せめて職場のような多種多様な人間関係の集まる場所ではやめましょう。
このほか、今後の人生をよくすることが「学びを結果に変えるアウトプット大全」には書かれていますので、是非御覧ください。
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